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第18回国際妊娠高血圧学会(ISSHP)に参加してきました

2012.07.16役に立つ?情報

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先々週(たぶん今週も)の産科外来が混雑して、皆さんにも大変ご迷惑をかけましたが、ジュネーブで開催された国際妊娠高血圧症学会(ISSHP)に参加してきました。
この学会は、妊娠高血圧症候群(昔は妊娠中毒症と呼ばれていました)研究の、国際的な中核学会で、2年に一度開催されています。

現在この学会の会長を務めるB.Shibai教授は、多くが一見胃痛と見紛うような上腹部痛で始まり、重症化するとに高度の肝機能異常や止血異常、さらには母体死亡につながる妊娠高血圧症候群の特殊な重症型を、HELLP症候群としてはじめて体系的に報告した方です。HELLP症候群は、早期に診断と治療が行われた場合の予後は良好です。彼の報告により、胃痛や胃炎のプライマリーケアにあたる、内科も含めた現場の医師の認識が進んだことで、多くの妊婦さんの大切な命が救われたと考えられます。

HELLP症候群は、多くはないものの決して稀な症例ではなく、今回の私の留守中にも、当院で管理中にそれを疑う症状が出現された方がおられました。
夜間の症例でしたが担当医が適切に診断して(SACRAは時間外でも院内で緊急の血液検査が可能です)、関連の奈良県立医大に搬送しています。早期に治療を行ってもらったおかげで、重症化をまぬがれ、良好な経過となりました。


学会は、非常に中身の濃いものでした。
新生児医療の水準が先進国(特に日本)と発展途上国で全く異なるため、根本治療である妊娠終了を決断する時期など、治療の部分に関しては日本の状況とは少し異なると考えられますが、ジュネーブに本部をもつ世界保健機構(WHO)から、昨年示された妊娠高血圧症候群の予防と治療に関するグローバル・ガイダンスに関して、詳細な説明がありました。

予防に関して、SACRAのようにリスクが低い方に関する具体的な項目を列記します。

1.特にカルシウム摂取が少ない地域(具体的には発展途上国)でのカルシウムのサプリメンテーション(補充療法)は、強く推奨されます。日本のカルシウム摂取量は、欧米先進国に比しても決して多くはありませんので、私自身は日本でも有用だと考えます。

2.ビタミンCとEのサプリメンテーション(補充療法)は、効果を否定するデータもあり、推奨はされません。私自身は、少なくとも有害ではないビタミンCとEについて、サプリを全員に使用しても予防効果が証明されないことであって、摂取自体は促すべきだと考えています。

3.妊娠高血圧症候群の発症予防を目的とした自宅安静は、推奨されません。

4.塩分制限も、国際的には効果が証明されず推奨項目に入りません。SACRAでも、少なくとも厳しい塩分制限は指導していません。


なお、興味深かったのは、10年前にはなお、妊娠高血圧症候群の原因なのか結果なのかの完全に結論までは出ていなかった、胎盤の血管形成の低下に関して、妊娠高血圧症候群の病因として、妊娠8週~15週に生じるの胎盤の血管新生(おおざっぱには胎盤の子宮内膜への食い込み)の異常が妊娠末期の妊娠高血圧症候群の発症につながっていくことが、すでに事実として受け入れられていたことでした。

臨床的にも母体の血液で、血管新生の異常を反映すると考えられるある種の物質を測定し、のちに妊娠高血圧症候群を発症するハイリスク例をスクリーニングすることも、費用対効果など実際の臨床的な意味は別として、現実のテーマになっています。

さらに妊娠高血圧症候群の病因が、受精卵から形成される胎盤の血管新生の異常にあるということは、受精卵のもう一つの構成要素である父性因子も、その発症メカニズムに何らかの関連を持つことになります

それが、母体の免疫的なもの(大雑把にいうと、他人である夫由来の父性因子も発現している胎盤に対する、母体からの攻撃)によるのか、遺伝子刷り込み(ゲノムインプリンティング)と関連して父性因子が重大な役割を果たすと考えられている胎盤の遺伝子発現そのものの変化によるのか、はっきりと解明されているわけではありませんが、父性因子の関与も事実として受け入れられていたことも印象的でした。

早口の英語でフォローするのが大変でしたが、その妊娠が成立する前に、ハネムーンベイビーのように(特に父となる)精子とに接触が少ないほど、あるいは以前の接触(指標は前回の妊娠からの年数)からの年数が経過すればするほど、年齢を補正しても妊娠高血圧症候群の発症率は増加することも示されていました。

当院の不妊外来を担当する橋本先生は、以前から「不妊治療中も普通に自然な夫婦生活をするのが良い」と言っておられますが、上記の観点からもその指導内容は正しいと考えられます。」

さらに受精卵の着床(子宮内膜への最初の食い込み)と、胎盤の血管新生(妊娠8週からのさらなる食い込み)は、互いに関連する可能性が高く、普通に自然な夫婦生活を行うことは、不妊治療そのものにも有利に働く可能性も考えられます。


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また個人的には、英国留学時代の恩師であるJ.M.Davison教授に、久しぶりにお会いできたことも喜びでした。

Davison教授はISSHPの重鎮で、今年で御年70歳です。いちおう2004年に現役を引退(ウィーンでのISSHPの直後にニューカッスルで行われた退官記念講演・パーティーには、私も出席しました)されており、ご自分のことを「ダイナソー(恐竜)だ」などと言っておられましたが、ジョークだけではなく研究分野の知識もまだまだ現役でした。

今回は事前に学会主催のディナーを予約できていなかったせいで、奥様にはお会いできませんでしたが、2年後の再会を約束してお別れしました。

行き帰りが遠いので少し疲れましたが、知識をアップデイトするとともに、良いリフレッシュになりました。
得て来た情報は、橋本・古谷先生とも共有して、SACRAで管理中の妊婦さんたちに役立てればと考えています。

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